「良い人生だった」と思えるように—ある看護師が、人生の物語に寄り添った話
こんにちは。ホスピス住宅ビーズの家、ケアマネジメント室の落合実です。
今日は、私自身の話ではなく、ビーズの家で働くある看護師から思い出深いケアの話しを聴かせてもらったことを書かせてください。
緩和ケアに触れていると、その方の過去の体験を聴かせていただけることが多くあります。
男性の利用者さんは特に、戦争体験を聴かせてくださったりもするものです。
今回は、ホスピス住宅ビーズの家で、ある夕方に起きた看護師の体験の一コマと、その看護師が病院で働いていたころに出会った一人の患者さんの話です。
そして、その二つの話を聴きながら私が考えた、「後悔」と「その人らしさ」のことです。
リビングで、日本酒を片手に
その日、まだ日の高い時間から、Yさんはリビングに座って、広い庭と山を眺めながら、大好きな日本酒をゆっくり楽しんでおられたそうです。
「美味しそうな日本酒ですね」と看護師が声をかけると、にっこり微笑んで「娘が持ってきた」と。
「ここでは(お酒が)飲めるからうれしい」とも言われたそうです。

看護師は横に座って、お話を聞かせてもらいました。
お生まれを伺うと、「博多区」とのこと。
「それでは、空襲を経験されたのではないですか?」
と尋ねると、Yさんはこう話してくださったそうです。
「5歳のころやった。畑におったら、博多の街が真っ赤に染まった。ばあさんに『あれは何?』と尋ねたことを覚えとる。
自分は、戦争の体験を語れる最後の年代かもしれん」
「B29がやってきて、焼夷弾をたくさん降らせた。あれは怖かったよ」
「戦争が終わったあとね、アメリカ兵がジープでやってきて『ヘイ、ボーイ!』って声をかけるんよ。チョコレートやガムをもらった」
「Yさんも『ギブミーチョコレート!』って言ったんですか?」と聞くと、笑って一言。
「言わんでもくれた。ガムはもったいないから、一度噛んだものをとっといて、何日も何日も噛んだ」
この話を聴かせてもらったとき、私はまず、庭を眺めながら日本酒を飲めるリビングがあること、そして横に座って話を聴く時間を持てる看護師がいることを、素直に嬉しく思いました。
そのような場所や時間があるからこそ、ご自身の過去を穏やかに語ってくださったのだと思います。
けれど、看護師が私たちに本当に伝えたかったのは、その先の話でした。
「もうすぐ旅立つ身だから、許されるだろうか」
その看護師は、ビーズの家で働く前、病院の緩和ケア病棟で長く働いていました。
そのころに出会った、ある患者さんの話です。
その方は、あるとき静かに胸の内を明かしてくださったそうです。
「もうすぐ旅立つ身だから、許されるだろうか。終戦後、シベリアへ連行され、極寒の中で過酷な労働を強いられた。多くの戦友が倒れていく中、私は生きのびたい一心で、そこから逃げ出したんだ」
話せば罪に問われるのではないかと恐れ、最愛のご家族にさえ何十年も打ち明けられずにいた記憶でした。
命からがら逃げ出し、異国の地で出会ったご夫婦の温かい情に救われて、何とか日本へ帰国できたこと。
けれど、仲間を置いて一人生き残った罪悪感に、ずっと心を痛め続けてこられたこと。
「こんな私でも、もう許してもらえるだろうか」
看護師は、その声を今も忘れられないと言います。
「ご家族にも伝えられなかったその想いを、形として残しませんか」と話すと、患者さんは静かに頷いてくださったそうです。
ボランティアの方に丁寧に聞き書きをしていただき、その生き様は『シベリア抑留記』というご家族向けの一冊の本になりました。
後悔は、その人らしさの一部でもある
人生には、後悔することも、悲しいことも、人に言えずに抱え続けてきたこともあります。
それは誰にでもあることで、私自身にもあります。
そうした記憶は、できれば消してしまいたいものかもしれません。
けれど、消してしまえるものではないし、消すべきものでもないのだと思います。

何十年も抱え続けてきた罪悪感も、幼いころに見た真っ赤に染まった街も、その人が「その人」であるための、大切な一部だからです。
良いことだけでできている人生は、たぶんありません。
後悔や悲しみを含めて、その人らしさは形づくられている。私はそう思っています。
そして、それは「あったこと」として大切に扱われたとき、少しずつ、違うかたちに変わっていくことがあります。
看護師と対話を重ねる中で、「そんなこともあったけど、今ここにいられて良かった」「振り返ってみれば、良い人生だった」と、ご本人の口から出てくることがあります。後悔がなくなるわけではありません。
けれど、後悔を含めた自分の人生を、そのまま受け入れられるようになる。
私たちは、そういう瞬間に立ち会わせてもらっています。
ビーズの家のACP(アドバンス・ケア・プランニング)
ビーズの家では、ご入居いただいたすべての方と、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)に取り組んでいます。
ACPというと、「延命治療をどうするか」「最期をどこで迎えるか」といった、少し重たい話し合いを想像される方が多いかもしれません。
もちろん、それも大切な一部です。
けれど、私たちが本当に大切にしたいのは、その手前にある対話です。
どんな人生を歩んでこられたのか。
何を大切にしてこられたのか。
何が心残りなのか。
ホスピス病棟の経験が豊富な看護師が、プライバシーに配慮した環境で、時間をかけてお話を伺います。
そこで聴かせていただいた「その人の物語」を、関わるチーム全体で共有し、その方らしい暮らしの支えにしていく。
ACPは書類を作る作業ではなく、その人を知り続ける営みだと、私たちは考えています。
後悔や悲しみは、多くの場合、長いあいだ心の奥に隠されています。ご家族にさえ話せないこともあります。
それでも、死を覚悟しているそのときだからこそ、「今なら話せる」「この人になら話したい」と思われることがあります。
シベリアの話を打ち明けてくださった患者さんも、きっとそうだったのだと思います。
そんな話を聴かせていただけることは、看護師にとって、大変な責任であると同時に、大きなやりがいでもあります。
「魂と魂が触れ合える瞬間」
その看護師に、「お看取りの仕事は、つらくないですか」と聞いてみたことがあります。
返ってきたのは、こんな言葉でした。
「お看取りをつらいものに感じる人は多いと思いますし、たしかに、時には胸が締めつけられることもあります。でも、魂と魂が触れ合えるような瞬間に立ち会えることがある。それがこの仕事のやりがいですし、私自身の人生を明るく照らしてくれているんです」
私は、この言葉をそのまま、この記事に残しておきたいと思いました。
お看取りに関わる仕事を、「大変そう」「つらそう」と感じる方は多いと思います。それは間違いではありません。
けれど、私たちの現場には、こういう看護師がいて、こういう瞬間があります。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
ビーズの家は、病院でも、自宅でもない、これまでの暮らしの延長としての「家」です。
庭を眺めながら日本酒を飲む夕方があり、その横に座って話を聴く看護師がいる。
そして、その「家」が古賀や糸島、福岡のまちの一員として、地域の方々と一緒に暮らしを支えていく。
私たちがつくりたいのは、そういう場所です。
まだまだ立ち上がりたての「家」もあり、至らないところもきっとあります。
それでも、一人ひとりの人生の物語を大切に聴きながら、試行錯誤を続けています。
ビーズの家の暮らしを少し見てみたい、という方は、見学にいつでもお越しください。
ご入居をお考えのご本人・ご家族はもちろん、「こういう看護をしてみたい」と思われた看護師・介護士の方も、お気軽にどうぞ。
ご相談・見学のお申し込みは、ビーズの家までご連絡ください。
お急ぎの方はお電話でご連絡ください。最短即日受入実績あり。
がん末期、神経難病、ターミナル期の方
※介護区分に関わらずご入居可能です
